茹ででびるずそうる

英:boiled Devil's Soul

 

かつおぶし あるいは逃げられぬ恋

f:id:takenokodance:20201130170408p:plain


長方形に立てられた白い廃ビルの屋上でまばゆく青に光るメロンパンを食べていた、いつのまにか

歯形を眺める私とかるくてふわふわのホワイトノイズがさらさらと鳴り、雪とお湯のようなきらきらした匂いがしていた

その青色が翡翠色にすこし変わったような印象を受けた頃には、少し前に見た夢のことを思い出していた

f:id:takenokodance:20201130170357p:plain


真っ黒の廊下と壁 自分の右側に壁と床の境界線があるのを感じながら私はまっすぐに歩んでいた

もうずっとこうしている気がして、何十年もこの廊下を歩いていて、果てしなく再生され続ける暗い廊下を歩く人物の映像の魂にとうの昔から生まれ変わっていたのだといったような形のない確信が胸焼けのように存在していた

私は右手に広がる壁と床の境界線とよりそいながら歩いた 左手には何があるのか、狭い廊下だと感じていたことに疑問を抱きながら今では左手の暗黒に深い奥行きを感じていた 廊下にはまれに 薄く青に光る絵画がかけてあった それは微笑む女性の絵に感じることもあれば、暗い空を飛ぶ一羽の鳥にも見えた。女の後ろには馴染み深いねむくなるカキ氷のような青緑の空や水が流れていて、絵の具の跡が残っていたがそこは空間で、ここではない場所だった。鳥の飛ぶ虚空には下に火があるように感じた。それは戦火だったり大火事のリロリロした瞬きで、強い赤色の火が冷たくて黒い空を炙ってはぽろぽろ崩れる灰にした。

私はそれを見るたびに絵のない廊下を歩いているときの孤独感との強い差異を感じては 今はそれが目の前にあるのにもかかわらず、大切な人がひとりで遠くで暗黒と一体化するのを見て血液から熱くなるのを感じるように胸を痛め、それと同時にあたりまえにそこにいる親しみのある美しさに思わず微笑まざるをえなかった。

その絵に触れると指は血に濡れた。絵画の奥からなのか自分の体内のものなのかよくわからず、しかし赤くぼやける血は指先から垂らされたように私の手を泳いでいき、次第に手首から上全体が濃い赤色の水で潤った。血そのものに濡らされることは不快ではなかったし、どこのだれのいつの血であるかにも全く関心がなかった。ただその赤い血達は薄皮を通して共鳴するようにヤ-ヤ-会話しているように感じ、理解しえない世界に対しよかったねと感情を向けた。

f:id:takenokodance:20201130170343p:plain


私は絵の前に立ち、少しとどまっていた。

足の先は廊下の先につながっていて、暗黒の奥は虹彩と瞳孔のように、あるいは夜の露天風呂の黒い熱いお湯とその湯気のように、霊界の冷たいわたあめ製造機のようにぐるぐる私を手まねきしていた。絵に会えることは珍しいことで、何もない(と感じる)廊下をすたすたと歩くことしか私にはやることがなかったが、その絵に物理的に固執しようとは思わず、広い広い美術館でひとつの絵の前から去るように何も思わずにそこから去った。

f:id:takenokodance:20201130170326p:plain


あたりには何もなかったが、大都会のこれみよがしな大きい建物と同じぐらいに大きく見えた。

私はそれを見てまず、魔物のリッチの目と同じだと思った。それは白い上空をのびのび動いていて、蛇のようにも見えたし煙にも、ふくらむパンにもつやめいた玄米にもでかいしにかけのムカデにも見えた。

怪獣はこちらに向かって来そうで来ない。

私は少しは気味が悪くなったが、他にやることがなかったためそれに近づくことを思った。私とそれでなんの相互作用、コミュニケーションが行われるのかと夢想したが、共存や理解がそこにあるようには思わず、ただ対峙した途端 サイズの差によって私が終了する未来しか見えなかった。私はその口の中で草食動物のような歯にすりつぶされて著しく生ゴミに変化することを確信した。私はその中で再生不能な資源になること、世の中ではあまりにも役に立つことができないひと一人分の半液状の潤ったピンクの肉団子になることで、どこにも行けずに世の中を彷徨うのだと思った。それは悲しくはなかったし、純粋な事実だった。

肉体を持って生きているのにも関わらず不定形な肉汁でいることは、自身を人間だと認めさせることと、ヘーゼルナッツのフィナンシェでいることを同時に叶えることができる夢の祝福だった。希望ともならない誰のものかわからぬ確信が唯一の荷物であるように、私は目の前のぐにぐにしたモノクロの現象に寄り添う決意に推薦されたのだ 道中でショッキングピンクの花がらんらんと、一輪咲いていたが私は目に留めなかった。

f:id:takenokodance:20201130170259p:plain